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次に大陵苑・天馬塚(テヌンウォン・チョンマチョン)へと向かった。古墳ってその歴史を刻んだとってもエライ人の「お墓」だよね。ここ慶州は、古くは「新 羅(シンラ)」の都。新羅(シンラ)の王族のお墓だろう、その古墳群を前に、ふと気づく、「日本の古墳と同じ形をしているね」って。紛れもなく、その昔、 韓国と日本が“繋がっていた”証を見たような気がした。
慶州エリアにある古墳のほとんどは、誰のお墓なのか?未だに分かっていないんだそうで、古墳の一部の石を取ると、古墳全体に積まれた石が、ぜーんぶ!!壊 れてしまう、そういう“構造”になっているそうだ。だから、今もなお、その古墳の内部を見ることはなかなか出来ないらしい。お墓だもんね、誰にも荒らされ たくない、先人たちの想いが伝わってきた。