大稲醍

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大稲醍

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かつて交通の中心地であり、文化経済の中心でもあった

かつて経済、社会、文化の中心地として台湾の発展の中心地であった「大稲埕」は、台北市の民権西路以南、忠孝西路以北、東は重慶北路から西の淡水河に囲まれた地域のことをいう。その歴史は古く、1700年初頭に大規模な穀物を乾燥される施設がもうけられ、入植者たちが原住民と商品の取引をするようになり、大稲醍との呼び名がついた。イギリス統治時代には、台湾のお茶が人気を奏し、この港に茶葉輸出貿易会社がいくつも設立され、ここに近いという理由で現在の台北駅も作られたそう。

日本統治時代には、大稲醍に居住する富裕層が反日運動の中心となり活動し、また文化的施設もその時代多く建設されている。

こうした昔の面影を残すのが現在の迪化老街であり、現在も多くの地元民や観光客でにぎわっている。

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記事最終修正日時: 
2013.03.07 07:58
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