基本紹介編集履歴
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南北境界線によって分けられた韓国と北朝鮮。どちらにも属しない非武装地帯である板門店…民族分断の痛みと現実を知ることが出来ます。
バスに兵士が乗り込みパスポートを見ながらの本人チェック、国連のバスへ乗換え、国連軍駐屯基地での宣誓書サインなど、物々しい雰囲気のなか着いたのが板門店でした。
書きながら、当時の緊張がよみがえってきました・・。^^;
板門店は現在、国連軍と北朝鮮側の共同警備区域(Joint Security Area=JSA)となっています。今でこそ、ある意味で観光地のようですが、1953年7月27日、朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた歴史の地です。
共同警備区域に入って、最初に行ったのが“自由の家”でした。
この展望台から、写真に写した北朝鮮側の展望台が見えます。
ガイドさんからは、いろいろな禁止事項がありました。
ここでは「北の兵士があそこからこちらを監視していますので、指をさすなどの挑発的な態度はとらないで下さい」と注意がありました。
怖い・・。
中央の青い建物が軍事停戦委員会の会議室です。
この写真はバスが出発するときで、バスに向かって二人は敬礼してくれました。もう二人は、定位置で北朝鮮の方を監視しています。
理由は知りませんが、体半分を建物に隠して北に向かって立つそうです。
こんなショットが撮れるとは思いませんでした。
これは軍事停戦委員会会議室の中ですが、室内には国連軍が、壁を隔てて北朝鮮の兵士が立っています。
椅子の前にテーブルがあるのですが、その真ん中を南北の軍事境界線が通っています。
ちょうど国連軍兵士に向かって左側が韓国、右側が北朝鮮です。つまり、私は北朝鮮側に立って写真を撮ったわけです。
次に同じ所から窓の外を撮りました。手前の兵士は、台のような所に立っています。
向こう側に立つ兵士の身長の低さに驚きました。多分、160cm代だと思います。
食料事情の悪さがここまで来てるのかな・・と、思いました。
北朝鮮の二人の兵士が向かい合って立つ足元に、南北の軍事境界線が走っています。真ん中のコンクリートのラインです。
今、思い出してみても不思議な光景です。休戦中とはいえ、こんな至近距離で南北の兵士が対峙しているのですから。
会議室を後にしてバスに乗り、第5哺所という高台、“帰らざる橋”を通って国連駐屯基地に戻りました。
53年の休戦後に南北の捕虜の交換が行われました。
その時、捕虜がいったんどちらかに決めると二度と帰ることができなくなった・・これが“帰らざる橋”という名前の由来だそうです。
確か映画「JSA」にもこの橋が出てきたと思います。橋の中央を軍事境界線が通っていて、真ん中から向こうが北朝鮮です。
板門店・・機会があれば、もう一度行ってみたい場所です。
板門店はツアーでしか行けないのですが 事前に予約をしなければならず
現地に向かうに韓国の軍人さんから 何度も荷物とパスポートのチェックをされます。
映画「JSA」をビデオ屋さんで見てから板門店に行くとより楽しめると思います。
ツアー料金は食事つきで7,000円から9,000円ぐらいです。